デザインあ展
先日、「デザインあ展 neo」に行ってきました。
会場は東京・虎ノ門ヒルズのTOKYO NODE。高層階のエレベーターを上がる瞬間から、少しだけ胸が高鳴りました。都会の真ん中で、まるで空の上に浮かぶような場所。そこに広がるのは、"感じて考える"ための不思議な空間でした。
テーマは"モノ"ではなく"行為"。
「あるく」「たべる」「すわる」「もつ」――そんな、いつも無意識にしていることをデザインの視点から見つめ直す展示です。どれも特別な仕掛けがあるわけではないのに、体を動かすたび、心の奥が少しずつ揺れていくような感覚がありました。
特に印象に残ったのは、「あるく」をテーマにした体験。
床の素材や音が変わるたび、足の裏から伝わる世界が変わっていく。歩くことなんて当たり前のことなのに、改めて「自分はいま、歩いている」と意識する瞬間がこんなにも新鮮だとは思いませんでした。
展示のあちこちで、子どもたちが声を上げて楽しんでいる姿もあり、大人の私まで思わず笑顔に。
"デザイン"という言葉の堅さよりも、"人の動き"や"気づき"の温かさを感じる時間でした。
会場を出るころには、なんでもない行為が少しだけ愛おしく思えて。
エスカレーターに乗る自分の手の動きや、友人のカフェで座る姿勢までもが、少し違って見えたのです。
デザインって、誰かのためにつくられたものだけじゃなくて、
自分の中にある"感じ方"にも宿るんだなと、静かに実感しました。
¨̮⃝ Several photos of me taken by a friend ¨̮⃝
これは、友人が撮ってくれた一枚。私はただ、何気なくカフェのテーブルに座っていたつもりだったけれど、友人の目には違う景色が見えていたらしい。
「今の、コーヒーカップに入ってるみたい」そう言いながら、笑ってシャッターを切って私にすぐ見せてくれました。
あとで写真を見返すと、本当に私が小さなカップの中に収まっているように見え、私には思いつかない角度、想像の仕方。
同じ場所にいても、見えている世界はこんなに違うのかと、少し驚いたのを覚えています。
私が「現実」に焦点を合わせてしまうとき、私の友人はその先にある"遊び"を見つける。写真を撮るたびに、その視点の違いが、私には心地よく映る。
この一枚は、ただの写真じゃなくて、
"自分が見えていなかった世界"を教えてくれた小さな魔法のようなもの。
コーヒーカップの中にいる私は、友人の想像の中で、少しだけ柔らかく笑っていた。